見知らん(Mishilan)街ガイド  応仁の乱 小京都中村の舞台裏 入野城址発掘

土佐から小京都中村に向かう中村街道の途中、大方の松原を左に見、右手に山の峰が迫るあたり、昔入野城があった。応仁の乱を避けて一条家が下向する以前、この入野一帯を治めていたのが入野氏(元藤原氏)であった。

 しかし、公家大名として、勢力を拡大させてきた一条家により、幡多荘管理に組み込まれ、親子ともども殺害され滅ぼされた。

城跡からは野鍛冶跡が見つかり、青磁・染付・風炉等の貿易陶磁器類が出土し、茶道など嗜んだと思われる豊かな生活ぶりがうかがい知れる。

 今黒潮町は国道56号(大方バイパス)の道路改良工事が進行して、新しい時代を迎えようとしている。そして、入野小学校の西側の小高い丘にある城跡は、道路工事の為に移動する方々の住宅地となる。かつての城跡に立つと、豊かな田園の先に松原が見え、その先には太平洋が眩しく光っている。

 今は昔、小京都中村の栄華に隠れた、言い伝えである。

※平成29年2月25日入野城発掘調査説明会が開催された。

参考文献  平成6年出版 大方町史及び入野城発掘調査資料

 インタビュー 黒潮町住民

高知家 黒潮町